『KABA』インタビュー 〜『KABA』にはポップでマニアなUAが棲んでいる 〈後編〉

(前編よりつづく)

 オリジナル作品についてここでは語らないが、ただ最近の2枚のアルバム『Golden green』(2007年)、『ATTA』(2009年)はというと、やはりUAならではの独創的な旋律が存在し、みんなが歌いやすいナンバーかというと、そうでなかったりする。でも、アルバム全体のパッケージとしてはポップを意識した作品になっていて、実は聴きやすい。UAはコアでマニアックなものが好きな反面、基本ポップが好きで、それが体内に根付いているのだと思う。

 今回カバー作品をやるにあたって、ミュージシャンに事前にオリジナルの曲を聴いてもらうことはしなかった。原曲を知っているメンバーがその場で他の人たちに伝えたり、デモを作った人はデモを聴かせて、他のミュージシャンに譜面を渡すことはあったものの、基本、自由に作業を進めていった。それゆえ、誰からも愛されてきたポップなナンバーを、想像と創造の世界から再構築していくことができ、思いもがけないアレンジで私たちを新たな音楽世界へ導くことに成功している。UAも1曲1曲しっかりサウンドデザインを描いてミュージシャンに伝えていったといい、そこにはこれまで蓄積されてきた彼女の音楽マニアなセンスが緻密に編み込まれている。そして実際にUAが愛し、歌い込んできたばかりゆえ、どれもUAのオリジナル曲といってもおかしくないほど、彼女の声になじんでいるのだ。

 『KABA』はカバー・アルバムとして単純に楽しむこともできるけれど、時代ごとにUAのこれまでを回想できる15曲にもなっている。
 子供の頃のUAを想起させる、「モンスター」や「妖怪にご用心」「セーラー服と機関銃」といった選曲。学生や卒業当時をイメージさせる「夜空の誓い」や、「Under The Bridge」「Love Theme From "Spartacus"」といったナンバー。そして歌うことの魅力にとりつかれるきっかけとなったアレサ・フランクリンの作品から「Day Dreaming」、シンガーとしてデビューし、ますます音楽にのめり込んでいた時期に聴いていたという「Hyperballad」「No Surprises」「Paper Bag」といった洋楽の数々。加えて、最近のUAの姿につながる「わたしの赤ちゃん」「tiru-ru-shi」なども収録。家族想いのUAだけに、家族が気に入っている「きっと言える」、「買い物ブギ」もあり、デビュー当時から長年UAを担当してきたマネージャーからのリクエスト曲「蘇州夜曲」には、盟友である故HONZIのヴァイオリンがバックトラックとして使われて、UAの情の深さを感じることができる。

 このアルバムは"今"を楽しむライヴ感覚で、ツアーでもお馴染みの気心知れたミュージシャンたちとUAとが"いっせいのせ!"で一緒にレコーディングを行った。選曲はポップだけれど、サウンドデザインはマニアック。そしてオープニングの「モンスター」での歌い方からしてわかるように、UA自身、どの曲もとても楽しんで歌っている。歌も演奏もワインのように熟成していながら、評判の高いライヴさながらのフレッシュなパフォーマンスを聴ける貴重な一枚なのだ。
 しかも15周年を記念した15曲に加え、CDジャケットは、UAが一番大好きな漫画家くらもちふさこに描き下ろしてもらったという、想定外の面白さ。
 やっぱりUAは、クスッと笑えるポップ感が大好きなのである。

(文:伊藤なつみ)

『KABA』インタビュー 〜『KABA』にはポップでマニアなUAが棲んでいる 〈前編〉

 デビュー15周年を記念して制作した、UAにとって初のカバー・アルバムとなる『KABA』。タイトルからもわかるように、茶目っ気溢れるUAらしい楽曲が揃った作品集だ。しかも世代を超えた楽曲を、無類な歌と演奏で堪能できる。
 
 90年代にクラブ世代として音楽を浴びていたUAは、シンガーとしてデビューしてからも、ジャンルを気にせず、物凄い量の音楽を聴いてきた。
「何か物凄い幅で聴いてきたと思うんだよね。むさぼり聴いてきたところもあるし、知りたい知りたい......と模索している時期もあったから。前衛から現代まで、アヴァンギャルドなものや実験的なものもあるし、もちろんポップもその中でずーっと聴いてきて、いろんなものに影響を受けていると思う」
 今回ここに収録したのは、「基本的に今聴いても一緒に歌っている歌」。そして選曲リストを見返して、「やっぱり自分はポップによって育ってしまっている」と、UAは納得してみせる。日本の歌謡曲にはじまり、アニメソングやロック、映画音楽など、それらの曲との出合いはさまざまだけれど、どの曲もどんなアレンジにも映える、メロディと歌詞が見事に溶け合い大衆に愛されてきた名曲ばかりだからだ。
 UAはカバーに関し、早い段階からシングルのカップリングに「BECAUSE THE NIGHT」や「真夜中のギター」といった曲を洋邦問わず取り上げてきた。また、TV番組『ドレミノテレビ』での童謡や愛唱歌を自在にアレンジしたスタイルが、『うたううあ』(2004年)として発表してからも評判良かったことが、『KABA』へつながっていると思う。
 
 UAは1995年に12cmシングル『HORIZON』でデビュー。その比類なきヴォーカル・スタイルと唯一無二の音楽センスで、「情熱」「リズム」「雲がちぎれる時」(共に1996年)と、出す曲出す曲すべてを次々と大ヒットさせていた。しかも、人気沸騰の最中に出産、また1stフルアルバムの次に2枚組のライヴ・アルバムをリリースするなど、ライフ・スタイルにおいても日本のミュージック・シーンにおいても、新時代の幕開けを感じさせたレアな存在だった。しかも安泰の地に留まることなく、『泥棒』(2002年)以降、さらなる独自の音楽スタイルを追究し、ヒットチャートを気にすることなく音楽の旅へと出てしまう。
「『泥棒』あたりから繰り返しやることが難しくなってきた。ツアーといっても、同じことをやる"決まったライヴの形態"というのができなくなってきて。本当にいい歌を歌っていたいし、歌ってゆけるにはどうしたらいいんだと思っていたから、そこから求めていたミュージシャンに出逢えたのだと思う。本当に自分も探していたんだと思うし」
探していた、そして出逢えたミュージシャンというのは、内橋和久のこと。彼との出逢いが、シンガーとしてのUAをさらに磨いていくことになる。
「自分自身が変わってきたのは、即興的な事柄は、別に"音楽理論がどうのこうの"と言わなくても誰にでもできるということ、そして"今、ベストを尽くしていればいい""それがずっと続いていればいい""怖いことは何もない"ということを彼から教わってから。内橋くんと一緒にやっていると、瞬間的にどんな音楽が出てくるかわからないから、歌う時には自然とテンションが上がるし、高みを求めるのではなく、自分ができる中で可能性を諦めないで探していく方法が自分に合っていたんだと思う」(後編へつづく)
(文:伊藤なつみ)

『KABA』楽曲解説 5

みなさん、こんにちは。
今回で『KABA』楽曲解説、最後となります。
どうぞご覧下さい。

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No Surprises/Radiohead(1997年)
「歌詞が素敵だし、聴いたらメロディが忘れられない感じ。(トム・ヨークの)歌っている姿がすごく好き。気になる人だよね。ただ当時、興味のあるジャンルではなくて、人からの何かで聴いたので、アルバムを聴いていたわけではなかったんだけど。これはもう正人くんにストリングスをお願いして、ホーンも入れて......、シンプル感も入れていきたいというのが構想の中にあった。アレンジは正人くんならではの部分もあるし、思いつきとしか言いようがないんだけど」
 
妖怪にご用心/中山千夏(1973年)
「見ていたのは再放送。アニメ『どろろんえんまくん』が特別好きという訳ではなく、このエンディングの歌が好きだったのよ。で、始まりの歌はいつも笛で吹いていた(笑)。中山千夏さん、声も超キレイで、歌も本気でうまいし、日本のあの時代のいい歌って、喋っているかのように歌詞が入ってきて、メッチャ歌詞が届くんだよね。これはバンドで演奏していて楽しかった」
 
tiru-ru-shi/こやまよしこ(2008年)
「私が近年影響を受けたhanautaという男女のユニットがあり、そのこやまよしこのソロのアルバムからの歌。よしこちゃんには精神的にお世話になっているし、恩返しという感謝の気持ちもあったりで、歌っていて。結局この『KABA』を輪として見る時に、この曲がなかったら欠けていたのかなという気分がした。一番新しい歌だし、一番今の自分なのかもしれない。音楽的スタンスや、音の打ち出し方もそうだけど、こういうふうに自分が歌っていられたら、その時は世界に平和が訪れているんじゃないかと思うような曲。そういうのも含めた上で、オマージュしている」
 
(取材・文: 伊藤なつみ)

『KABA』楽曲解説 4

みなさん、こんにちは。
『KABA』の楽曲解説4回目をお送りします。
大阪ライブ、もうすぐですね。

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Hyperballad/Björk(1996年)
「ビョークを見た瞬間から、"もう好き!"って感じで、ビョークの全部が好きだし、もう確実に影響を受けている。メジャーにいて君臨していて、曲を聴くとポップのテーゼがあるのに、それをいろんな現代音楽として毎回トライアルしている。本当に血が滲むような思いをしてやっているようなものもあったし、そんなに興味のあるアーティストがいない時にビョークがいてくれたことは、今思うと本当に支えになっていたと思う。"ここまでやっていいんだ!"っていうような。このトラックはダクソフォンという楽器のみで演奏していて、90チャンネル重ねていることから完成したサウンド」
 
Love Theme From "Spartacus"(1960年)
「学生の頃、クラブでずっと流行っていた曲。これは映画のサントラをカヴァーしているわけではなく、ユセフ・ラティーフのオーボエの部分を歌っているもの。この曲が入っていた『Eastern Sounds』というアルバムが、東洋的なオリエンタリズムが入っているような作品で。だから学生時分の京都を思い出すんだよね。日本語の歌詞をつけたものを歌いたかったけれど許可が下りなかったので、元々あったテリー・キャリアーが書いた英語の歌詞を最後に一小節だけ歌っている」
 
蘇州夜曲
「最初に聴いたのは、サンディーさんの歌だったと思う。もちろんHONZIが出したのも聴いていて、ライヴでよく歌っているもの知っていたけど、この曲自体が本当にいい曲としか言いようがなくて、それこそずっと鼻歌で歌っていたような感触が自分のなかでずっとあった。HONZIのヴァージョンを内橋くんが全部プロデュースしていたので、それ使うことになり、もう"ありがたい"ということでやったんですが。歌がむずかしいだけに、現場では凄まじい集中力で歌いました」

(取材・文:伊藤なつみ) 

『KABA』楽曲解説 3

みなさん、こんにちは。
今日も『KABA』の楽曲解説をお送りします。
解説で興味が湧いたら、CDも聴いて貰えると嬉しいです。
どうぞご覧下さいね。

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Under the Bridge/Red Hot Chilli Peppers(1991年)
 「91年当時、美大生で、手帖に歌詞をロットリングで書いていたの。この曲を聴いた時に感動して、すごくビックリしたんだよね。友人がドラッグ中毒で亡くなっている歌で、鎮魂歌で、天に捧げているから、アレンジはハワイアンと決めていた。青柳くんが家で半分くらい音を録ってきてくれて、現場ではウクレレを弾いていて。音はいっぱい入っているんだけど静かな世界で、だから自分も丁寧に歌っている」
 
Paper Bag/Fiona apple(1999年)
「初サーフィンをしにハワイへ行った時に、自分でミックステープを作って、それにこの曲も入れていた。COMBOPIANO(渡邊琢磨 × 内橋和久 × 千住宗臣)が現場でやっていったら、最初はブルースみたいになっちゃって。この曲はコードがブルースで、それをジャジーにしてあるだけなんだけど、私はこの音階が好きみたい。すごく好きな歌なのでとても練習したけれど、喋っているみたいに歌っていたから、むずかしかった」
 
わたしの赤ちゃん/七尾旅人
「産後1、2ヶ月した頃に何か新しいものを聴きたいと思った時に、内橋くんが送ってきてくれた中に入っていた曲。この歌を聴いて、ホント、びっくりして。5回くらい涙が出たもんね。"何なんだ、この歌"って思って。彼(七尾旅人)は赤ちゃんがいないのに、こんな曲を書けるなんて、だから天才って言われるのかも。内橋くんが地方などで一緒にライヴをやっているらしく、なのでこれはサウンドデザインしなくて、ギタリストやヴォーカリストの資質でシンプルにやった」

(取材・文:伊藤なつみ)

『KABA』楽曲解説 2

みなさん、こんにちは。
ライジングサン来て頂いた方、どうもありがとうございます。
今回は「KABA」の解説2回目です。
どうぞご覧下さい。

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買い物ブギ/笠置シヅ子(1950年)
「家に、いただいた服部良一さんの全集のようなものがあり、息子が好きでメッチャ聴いていた曲。アレンジは内橋(和久)くん、ドラムは外山(明)くん、ベースは正人くんという頼み方をして、これはストイックにトリオでいきましょうと。ほぼ"いっせいのせ"でやって、歌も一緒に録った」
 
セーラー服と機関銃/薬師丸ひろ子(1981年)
「この曲は好きだったと言うより、小学4年生にして"やられてしまった"感じ。薬師丸さんの役者としての表現って、メッチャかわいかったんだよね。すごい好きだった。この曲は一番トンチの効いた一品で、アレンジは青柳(拓次)くんで、シンプルだけどカッコ良くなってビンゴだし、ギャグが入っている感じがドンドンドンとあって、しかもエンジニアの中村(督)くんの落とし込みがすごくセンスがいい」
 
Day Dreaming/アレサ・フランクリン(1972年)
「私の中ではすごい名曲だと信じていて、全く外せなかった1曲。私が歌に入るきっかけとなった曲は『Chain Of Fools』なんだけど、これは原曲が大好きで、何回聴いても飽きない。アレンジも素晴らしいじゃない」

(取材・文:伊藤なつみ)

『KABA』楽曲解説 1

HPをご覧のみなさん、暑い日が続いてますが元気にお過ごしでしょうか?
水分はたくさん摂って下さいね。
さて、今日から6月に出たカバーアルバム『KABA』の
UA本人による楽曲解説を掲載していきます。
1回目は『KABA』収録1曲目の「モンスター」から
3曲目の「きっと言える」までです。
是非ご覧下さいね。

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モンスター/ピンク・レデイー(1978年)
「小さい時、この歌詞が好きで。妖怪が爪を研いでいたりとか、トマトジュース買ってやるとか。アレンジに関して"声をいっぱい被せたい"という話はしたけど、歌のラインというより楽器のラインにびっちりつけているから、派手に聴こえないと思う。(鈴木)正人くんは私の曲『怪物』もやっているし、リトル・クリーチャーズだし、迷わずお任せしました」
 
夜空の二人/HIS(1991年)
「私が美大を卒業したものの、就職した会社で仕事が続かず、宙ぶらりんな感じだった時に、友人がミックテープを作ってこの曲を入れてくれて。この曲はすごく印象的でメッチャ好きだった。構想の発端になっているのは、昨夏のフジロックフェスティバルの忌野清志郎さんのトリビュートで甲本ヒロトさんとご一緒させてもらったことが記憶にあって。それでお願いしました」
 
きっと言える/荒井由実(1973年)
「ユーミンは実は全然通っていなかったけど、ダンナがこの曲を薦めてくれて、メッチャ感動して、フレッシュな気持ちで歌入れした。ユーミン的な発声もありだけど、かわいく歌うでもなく、"大人っぽくいこうね"って言っていたけど、わりと熱が入ってしまって(笑)。青春感溢れる曲で、楽曲に惚れこんでやった曲」
 
(取材・文:伊藤なつみ)

UAオフィシャルインタビュー part.2 - 後編

アルバム『ATTA』の曲解説

 

「愛の進路」 "リアリストはおてあげさ"と歌っているけど、でも現状に悲観的になるのではなく、"ダメなものはダメ、残るものは残る"という意味で"怖くてもう進むしかない"という気持ちで歌っている。"もう大丈夫、必要なのはひとつしかない、愛だぜ"、みたいな。

 

TIDA」 長年の友人であり、私と同じように母でもあり、尊敬しているYOSHIMIOからの曲(ボアダムス、OOIOO、フリー・キトゥンなど、多岐にわたって活躍するYOSHIMI。映像作家キム・ヨンスンの作品『雲南 COLORFREE』の音楽制作も担当)。はじめはどんな歌詞が合うのか、全くわからなかったけれど、何度も聴いているうちにリズムの土臭さを削ぐために英語の歌詞を乗せることにして、冒頭には奄美島口も取り入れた。(YOSHIMIは)30年代くらいのフリージャズとガムランを混ぜるみたいな音楽をイメージしたって言ってたかな。ネイティヴ・アメリカンの音楽に似た感じもあったし、歌い継ぐ感じの曲になったらいいのかな、と思って。"てぃだ"とは奄美の言葉で"太陽"の意。

 

Purple Rain」 大人のフェアリーテイルというか、夢の歌。

 

KOSMOS」 この歌詞は感覚的に造語で書き上げたナンバー。今回、閃きを重視して作詞したんだけど、造語もそのひとつ。大魔王がいても子供が泣かないように、"怖くないよ"と、お茶を出しておこうかってこと。ひどいことをやっている人たちもいるけど、その人たちもお茶を飲むのは好きなはずだし、自分の子供や親のことは愛しているはずだし、ただ環境とか何かが違いすぎているだけじゃない? 私はもともとファンタジーが大好きだし、この歌詞は自分の中から自然に生まれてきた感じ。

 

「2008」 これは妊娠したことがきっかけになって生まれた曲で、自分のために歌った決意表明の歌でもある。そして出産前に、前から絶対に行きたかったインドへ行ったことで、そこでの体験も歌詞に反映されている。凄く自分自身と向き合った歌であり、この曲が完成したことで、今から思うと凄く吹っ切れたものがあった気がする。

 

Reveilles-toi! 目覚めよ」 この曲をもらった時に、とても日本語で歌い上げるタイプの曲には思えなくて、パートナーの母親がフランス人ということもあって、フランス語で試みたの。ここの歌詞では脱二元論へと向かっているけど、いつも物事の両面性を歌いたくなるのは、"UA"(スワヒリ語で"花"と"殺す"の意)という名前をつけた時から、ずっとそう思っているから。ただ、現代がどこか二つにバチッと分かれていて、その分離が不安感を煽るんだと思う。"(何事も)両面性がある"とわかっていればいいけど、あまりに双方が隔離されていることが多いから、自分もビビッてしまうんじゃないかな。

 

「アスパラガス」 これはもう楽しみながら、クスクス笑いながら歌詞を書いた歌。私にとって、(松田)聖子ちゃんの歌謡曲を彷彿させるようなイメージがあって、"恋も卒業なのね"という主婦の台所ソング。ちょうどアスパラガスを自宅の庭で育て始めた時期だったし。

 

picnic_20c」 内橋(和久)くんの奥さんに、前作の「Panacea」に続いて作詞してもらった作品。これは1989年に起きた「ヨーロッパ・ピクニック計画」をテーマに書かれている。曲は最初はもっとエスニックな感じで暗黒エスノと形容されていたくらいだったけれど、レコーディングの段階で一気に転じてすごく爽やかな曲になった。音楽の奇跡を一番見た曲。

 

13番目の月」 これはラヴソング。カナダ人の友人からもらったムーンカレンダーがきっかけに、このタイトルをつけました。

 

「怪物」 歌詞を書くのに一番苦労した曲。シリウス(大犬座のα星)は、ナイル川の増水のサインとして出現する星としての意味を持つため、ここでは"地球にとって最後の星は未だ現れない"という意味で使った。怪物というタイトルはLITTLE CREATURESにも由来してます。あと、この世とあの世の合間みたいなところで、怪物って人間かもしれないし、隣りのあなたかもしれない、もしくは目に見えないお化けみたいなものかもしれないけど、人間のやっていることの方が怪物的だというか。だから、歌っているのは愛すべき怪物について。

 

Familia」 最後に完成したナンバー。久々に朝本(浩文)さんにプロデュースをお願いした。今まではステージに立つことで本番のスイッチが入っていたけれど、今は家庭が大切で、キッチンにいることこそが本番。シニカルな歌詞で歌うマダムのキッチン・ソングなんだけど、同じキッチンが舞台の「アスパラガス」よりも、もっと生活感を出してみた。

 

「月がきえてゆく」 TV番組での共演や、スピードスターの15周年イベントでの共演を通じて、細野(晴臣)さんと"何か一緒にやりましょう"という話になって、今回曲を書いてもらうことになった。お願いしたのは、"宮崎駿さんの次なる作品の架空の主題歌"ということで......。作詞は青柳(拓次)くんに、初めて日本語詞を依頼。

 

「トキメキ」 これもYOSHIMIOの作品。絶対にラストにふさわしい曲だと思って、この位置にした。歌ができていくのが最高に面白かった。即興の音楽なのかな?っていう音楽で、でも彼女の中では完璧にメロディが決まっていて、これでしかないわけ。同じ繰り返しとかも全然なく、これまで14年間やってきたなかで全くなかった曲。やっぱり思ったとおりの人と言うか、すごいなと思った。

UAオフィシャルインタビュー part.2 - 前編

UAオフィシャルインタビュー、第2弾を前後編に分けて掲載します。

テキスト及びインタビュアーは伊藤なつみさんです。

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ポジティヴな音楽が揺れている『ATTA


UAが開放されていく。


オープニング「愛の進路」で、トランペットとユーフォニウムが門出を祝うように鳴り響く。抜けていく音楽、どこまでも開けていくアルバム。ひたすら気持ちがいい。


基本はポジティヴ、意識したのはグルーヴという。クラブサウンドではないけれど、人によっては、その心地よい揺れに名盤『11』を想起する人がいるかもしれない。UA自身も妊娠中のレコーディングとあって、同じように妊婦時に制作した『11』を思い起こすことがあったという。そして『11』が"月"や"雲"といった自然界に佇むものを通して感情表現していったように、このアルバムで思いは銀河に達する。


「ポジティヴになっているのは、『愛の進路』や『13番目の月』で見えてきた世界観のように、銀河から引いて見たら地球はちっちゃいもので。そう思うと、いろんな問題に対して楽観的になれるし、自分もちっぽけだから笑える。大らかになった、というか、諦めがついた」


リアリティを包含するファンタジー性に磨きがかかり、UAが本来もっていたユーモアが顕著に顔を覗かせる。銀河系か、大海原か。人によって感じ方は違うけれど、大自然にポン!と身を任せているように感じる。


もちろん楽曲の素晴らしさ、細部まで音を追っていきたくなるサウンドのどれもが魅力的だ。作曲陣は青柳拓次、鈴木正人、栗原務、というLITTLE CREATURESの

3人に、細野晴臣、YOSHIMIO、内橋和久、半野喜弘、YAMP KOLT(a.k.a.mai fujinoya)TAIJUといった面々。強固な信頼関係から成り立っているゆえ、この人選を終えた時点で、意識してもらったのはグルーヴのみで、ほとんど曲に対して注文しなかったという。


「そのほうが楽しいし、とても刺激を受けるし」


そしてジャンルを超越しているにも関わらず、全体を通して違和感なく聴くことができるのは、UAにブレがないからだろう。演奏もチェロ六重奏など、楽曲に合わせて丁寧に編成されている。


1995年のデビューから、UAの音楽性は人生観がそのまま反映されながら、成長し続けてきた。周囲はもちろん、時には本人も予測できないほど大きく変化し、感受性の強さが、そのまま音や歌詞に表れていった。 4枚目のアルバム『泥棒』を最後に個人的なことを歌にすることを卒業し、暗闇の中での閃光から太陽の下へと飛び出し、次第に地球全体へと目を向け、2007年には音楽的にも自分なりのポップ感を意識した7枚目『Golden green』を制作した。


8枚目のオリジナル・アルバムとなる『ATTA』はというと、さらにPOP&

GROOVEで、どの時期のUAのファンでも楽しめる作品になっている。今回第2子の出産を経て、何かが一巡したような、彼女の中でモヤモヤしていたものが齟削ぎ落とされたような、再生したようにさえ思える出来栄えなのだ。本人も明かす。


「インドへ行って何がイヤで何が好きなのかハッキリして、身軽になれたのかも。だから宇宙を通して歌えるのかな」


アルバムタイトルは、いつも"ない"と思って探しているものが"あった"、という意味で『ATTA』と付けられた。


「大切なものは愛で、でも自分を愛せないと人から愛されないし、いつも何かと夢見がちだけど、でも結局求めているものは自分のそばにあるのだから」


愛娘がよく口にする言葉でもある。UAが話す。


「私の歌に切ないものを求める人がいるのは、知っている。でも今は、もろ感情ではないところに行きたいし、歌う時は情感は込めるけど、歌そのものは脱感情でありたい。感情よりも閃きでありたいし、そして時代も変わっていると信じたい」


13曲の歌に開放されたUA。そして、誰もが心地よくなれる音楽がここにある。

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後編ではUA本人による曲解説になります。

UAオフィシャルインタビュー Part.1 - 後編

彼女がアルバムのコンセプトとして最初に出したのは、ただひとつだけ。「ビートで行きたい」ということだけだった。

「私、どうしても上昇気味な気質があって、妊娠中も気が下に下がらなくて、それが妊婦にはよくないのよ。マタニティのヨガに行くと、気を下げるポーズばっかりやるのね。とにかく地面に根を降ろすために。それで今回はビートというテーマだと言ってたわけ。でもだんだんそういうことさえ言わなくなって、細野(晴臣)さんが作曲してくれた「月がきえてゆく」は、"架空の次なる宮崎駿さんの映画の主題歌みたいな感じでお願いします"とか言ってみたりしてね。でも本当に上がってきた音楽がみんな素晴らしくて。ホント、不思議なことだよね。全部いい曲だったの。それはありがたいとしか言いようがない。私の詞はとにかく彼らの音楽のおかげ」

青柳拓次による、心がワクワクするような「愛の進路」を1曲目にして、地に足の着いた心地よいビートがアルバムを通して刻まれていく。信頼する作曲者や演奏者に委ねた割合が多い分、彼女のアルバムであるのに、彼女自身がその中に自由に存在していて、歌うことを楽しんでいるのが伝わってくる。彼女は自身の「感情」を伝えたいのではない。ここにあるのは、もっと普遍的で、もっと根源的で、風景、自然、人間の心、起こる出来事、物語、男と女、光と影、二元論も何もかも、そういうすべてを受け入れて、サウンドと言葉と歌がビートの上で出会った、音楽にしか生み得ない瑞々しく奇跡的なドラマなのだ。

「すべて与えられたものでしょ? 与えられたものを私のできる限りで楽しくできればいいなあというのはあった。それにもっとなんか自分らしくやりたいなとは思っていたの。自分らしくというのはヘンだけど、私は今までどこかUAに頼っていたんだよ。UAが比重を占めすぎていた。でも私の人生というのは、UAだけではない。今ね、私の中でキューッってUAがちんまりしてきちゃったの。だけど、すごく楽しいの」

UA は妊娠を機に、彼女自身の人生を受け入れた。その人生で音楽を作ることを決めた。だから、生活する、その時間の中で確かに息づく人間の鼓動が聴こえてくるアルバムになっているのだと思う。どの瞬間も新しく生まれる喜びに溢れ、どの瞬間も人生を重ねてきた人の、切実で、深い優しさに満ちているアルバム。まるで私たち人間のあるべき姿のような。